Entry Navigation

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
category
スポンサー広告

ママのひとりごと

__.jpg


こんにちは~
ステラママです

今年に入ってから、なかなかブログに向かえなくてすみません・・・
先日お客様からご心配の声を頂きまして
変な広告が出てますよ~とお電話頂いてしまいましたm(_ _)m

ステラママ、毎年恒例の冬篭り・・・の気分なのです・・・

でも元気いっぱいな4わんこのお陰で
ステラファミリースタッフさん、みんな元気に過ごしております

ママにとっては毎年恒例冬篭りの時期なのに4わんこと密着のお陰か
穏やかな毎日のお陰か
今年は風邪知らずで
例年になく体調万全で有り難い・・・
DSC_3608.jpg

DSC_3604.jpg


春からまた自然とテンションも上がり来冬まで元気に過ごすためにも
今は若干エネルギー備蓄の時期かな・・・と
ゆっくりできる時にはゆっくりとさせて頂いております。

4.jpg

7.jpg

2kuu.jpg


今日は久々にブログに向かえたので
いろいろと書こうと思いましたが

////

ちょっと静かにしていたい気分なので・・・

師からのメッセージでもお届けいたしますね。

日々、マインドに気づいていながらも
穏やかな毎日を過ごさせていただいております・・・

全てに感謝(-||-)・・・・



○☆*゜¨゜゜・*:..。o○☆*゜¨゜・*:..。o○☆*゜¨゜゜・*:..。o○☆*゜¨


起こってくる感情に、快不快はあると思いますが、起こってくるものを対象にして、快だけ、幸せだけを求めようとしてもそこには無理があります。

様々なものが起こってくることで成り立っているこの現象世界は、相対的な世界でもあり、また、その現象は、海の波のようなものであるとも言えます。
そこには、必ず山(頂上・高揚)と谷(底・静寂、あるいは落ち込み)がセットになってあります。
相対的な天国と地獄もそうですね。(絶対的な天国は、何も排除することなく、全てに開かれた、全てが在る全体そのものです。)
いつも幸せでいたい、いつも平和でいたい、というのは、自然なマインドの思いですが、起こってくる現象にそれを求めていてもそれを実現することはできません。
その視点、その立ち位置では、それは不可能です。
それが可能になるのは、山にも谷にもあるがままにただ気づいて在れるようになってからです(反応が起これば、それにもただ気づいて在れればOKです)。
そうすると、変化する部分だけではなく、それらすべての背景にあった、あるいは、それらすべてに浸透していた全体そのもの(真我・在る・無限の愛)に気づくことができるようになって来ます。
それは、起こっては消えていくものではありません。
それは、起こっては消えていくものすべての源、現われすべての共通本質です。
変わらない幸せ、安定した平和の実現のためには、その立ち位置に立ち、それそのものとして、その視点からすべてをあるがままに見れるようになること。
部分、現象だけに焦点が当たり、巻き込まれてしまう立ち位置から、全体そのものとしての立ち位置にシフトし、そこから変化し続ける様々な部分とそれらすべてを支え、育み、包んでいる変わることのない全体そのものが見えるようになることが大切です。

できるだけ静かで在りたいというのは自然なことではありますが、マインドの声がいくらあってもかまわないというくらいの態度、在り方に徐々になっていけるといいですね(在る・真我はそのように在ります)。
マインドの声を嫌うのはマインドであり(気づくのは意識)、それが気にならなくなってくるのが(気づいていて、ひっかからない)マインドの成熟です(マインドの質的な変化とも言えますね)。

気づいて不快に感じるまでは自然なことで、ある意味、必要なことでもあります。
そこから必要以上にそれを嫌わず、ただその状態に気づいている、その状態を受容している、許していられるようになれるといいですね。(そうすると、起こってきた自然現象であるマインドは、自然に変化したり、消えていったりします。)
真我・在る・無限の愛は常にそのように在ります。
理解がさらに深まっていき、在るがよりしっかりしてくれば、起こってくることとの距離をより保つことができ(あるいは、可能な限り近くに寄り添い、それをよく感じ、味わいながらも、意識もしっかりと保つことができる)、より影響を受けにくくなっていきます。

今、書いたことを別の形で、簡単に示してみますと、

①怒り等が起こる②それに気づく③不快な感じを味わう④それを嫌い、そこから逃れようとする、それを何とかしようとする。(ただ在ること、ただ気づいていることで、真我・在るから直接、「なんとかしよう」が起こってくる場合もあります。)

パターンに気づけていない人、それを見ることができない人、あるいは、気づいていてもまだ在る(気づいている意識)がしっかりしていない人、気づいているという実践がまだ十分に重ねられていない人は、ここまでが完全にひとつになっていることがあります。

①②③④ではなく、その人にとっては①の場合があります。
(その状態のときには、隙間すらありませんので、セッションのときなどは、こちらから踏み込んで指摘することは不可能です。そこにちょっと隙間が見えたときに、必要であれば踏み込んで指摘するということが起こります。
これはひとつの観念、思い込み等に関しても同じことが言えます。気づきの力が増してきて、それが少し緩んできたときなどに、踏み込んで指摘をするということがあります。)
それが、在るという意識レベルに焦点が自然に在るゼロ意識共鳴を継続して受けていただくことにより、在る(気づいている意識)を認識できるようになり、そして、それそのものとして、気づきの主体としての自覚を持ちながら、起こってくる感情、思考、それらのパターンなどにもより気づけるようになって来ます。
①が①と②になり、そして、①②③となり、①②③④となっていきます。
ひとつの塊にしか見えていなかったものが、ふたつの組み合わせに見えてきて、それが3つになり、実は4つの構成要素からできていたことが分かるようになります。
よく見えるようになってくるというのは、一例としてはこういうことを言っています。
(その他に、それぞれの質、強さ、厚み、大きさ、深さ、重さ、度合い等様々あります。)
そのように見えるようになってきた頃には、気づいている主体である在る(純粋な意識・気づきそのもの・真我・無限の愛・全体)が、それらに巻き込まれず、ただ気づいているということができるようになってきています。


本当の自分はただ在るだけで幸せです  より
http://nobinobi555.blog.fc2.com/

スポンサーサイト
category
ステラ家のお犬さま♪
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。